戸ヶ谷新先生に訊く、Aロマンティック表象と商業BLの今後

※この対談記事は『2世と器』単行本発売記念につきまして、期間限定で公開いたします。予告なく非公開になる可能性がありますので、予めご了承下さい。

 

Yudane( 以下、ゆだね) ではまず簡単な自己紹介からお願いします。


戸ヶ谷新( 以下、戸ヶ谷) 戸ヶ谷新と申します。二〇二一年の一〇月に『FEELYOUNG』の読み切りでデビューした漫画家です。既刊としては『CUREBLOOD』という『onBLUE』で連載していた単行本がありまして、今は同誌で『2世と器』という作品を連載しています。『CUREBLOOD』は吸血鬼が主人公で、身体関係がなく恋愛関係とも明言していないBLです。『2世と器』はゲイとAロマンティック( 以下、Aロマ) という性的指向/恋愛的指向が異なる二人が主人公のBLです。

 

ゆだね ありがとうございます。私はYudaneという名前で、フリーターをしながら独学で社会学フェミニズムを学び、実践しています。ここ数年の関心はクィア批評です。趣味で商業BLを1800冊ほど読んでいます。

 

商業誌でAロマを描くに至った経緯について
戸ヶ谷 二〇一七年くらいからAロマの人が出てくる作品は描いていたのですが「恋愛関係に至る前の人」という読み解きをされることが多かったので、Aロマという用語を出して今作は描こうと思いました。あとは私自身がAロマ当事者で、Aロマの人をずっと描いていきたいと思っているからです。


ゆだね 拍手!ちなみに私はリスロマンティックで
す!


戸ヶ谷 Aロマの作品自体は五年くらい前から描いてはいましたが「Aロマ」という用語を出さないと伝わらないという部分が体感としてありました。多少説明的になるのでドラマチックさに欠けてしまう懸念はありましたが、そうしてでも丁寧に描くことが本作の狙いでもありました。


ゆだね「愛情が無いってこと?」とか「まだ出会ってないだけだよ」「今までの相手と合わなかっただけだよ」みたいな、Aロマが経験しがちなマイクロアグレッションについても順を追って丁寧に描かれていますよね。


戸ヶ谷 絶賛やっていますね(笑) 


ゆだね ご自身の作品でそこに焦点を当てるような内容にすることはとても真摯だと思います。


戸ヶ谷 そう言って頂けてありがたいです。教科書みたいになると楽しんでもらえない可能性があるので、編集さんと丁寧に話し合って作品を作りました。

 

『2世と器』を連載するにあたっての苦労について
戸ヶ谷 まず編集さんに「Aロマンティック」という恋愛的指向の人がどういう人で、どういう偏見を持たれることがあるのか、例を出してお話をさせていただきました。自分はBLで「恋愛ではないがパートナーである関係・強い結びつきの関係」について描きたいと話していく中で、「男性同士の相互的な恋愛が大半の商業BLというフィールドで、どう読者さんに読んでよかったと思ってもらえるか…というようなことは意識してつくりましょう。」というお話をいただき、そこが難しかったです。恋愛外の関係…例えば私は『SHERLOCK』というドラマに出てくる主人公のジョンとその相棒であるシャーロック、ジョンの妻であるメアリーという三人組の関係性が好きです。ジョンとメアリーという夫婦と、相棒という関係性のシャーロックとジョン。二つの関係性が、お互いが認知している状態で交わりながら成立しているってすごくないですか!


ゆだね 商業BLは特に恋愛や性愛の関係性にときめきのフォーカスが当たりがちになる。だからそのどちらも、もしくはどちらかを抜きにした関係性は基本的に前述した「ときめき」に包括されづらいのかもしれないと私は感じていますが、戸ヶ谷さんはどう思われますか。


戸ヶ谷 自分は恋愛によらない信頼関係や愛情に対して「ときめき」を感じながら描いていますが、なかなか読者さんにときめいてもらいにくいというのは感じました。あとは「恋愛をしない関係性は一般漫画じゃないんですか?」「わざわざBLにしなくて良いんじゃないですか?」という反応もありました。


ゆだね よく見聞きする「それってBLでやる必要あるんですか?」みたいな…


戸ヶ谷 ですがわたしは恋愛じゃなくてもパートナー同士という関係性をBL漫画で見たいという願望があって連載をさせて頂きました。


ゆだね 商業BLは「LOVE」の中の「ロマンス」しか重視されないまま、需要が高まって供給が増えているイメージがあります。ここ五年くらいで作品の広がりを感じますが、Aロマの当事者目線でいうとまだ足りてないというか…


戸ヶ谷 日本でもここ数年で男女や女性同士のシスターフッドも含まれたAロマ表象の映像作品は増えましたが、男性同士のコンテンツはあまり見かけてこなかった気がします。

 

表現の中で、言葉にすることの重要性について考える
ゆだね 性的指向や恋愛的指向を表現する上で、わざわざ言葉にしなくてもいいと私は思いません。


戸ヶ谷 私はAロマをAロマだと認知しないまま描いていた頃「Aロマンティック」という恋愛的指向があると知らなかったんです。例えば「ゲイ」「レズビアン」と言うと、今は多くの人に伝わると思います。でもAロマは伝わらないことが本当に多い(ゲイやレズビアンなどでAロマやAセクの方もいます。恋愛的指向・性的指向は異なる概念です)Aロマという単語の認知が進めば「自分はAロマのゲイです」など、より自分のラベルの説明がしやすくなる。商業BLというジャンルの中でAロマの表象はスタート地点に立ったばかりで、まだ「言葉にしなくても表現出来る段階」ではないと思います。絶対に説明を入れなくてはならない…というより、説明を入れない限り現状では当事者以外の多くの方に「Aロマンティック」として読み取ってもらうのは難しい可能性があると思います。

 

『2世と器』にはどのような反響があったか
戸ヶ谷 作品内で明確にAロマという用語を出したこともあって当事者の方から「楽しみです」というコメントを頂いたり、あとは「Aロマについて知らなかったけど検索して知りました」とお手紙で頂いたりしました。本当に描いて良かったと言う言葉に尽きますね。


ゆだね 私はBLを読んでいたおかげで、セクシュアルマイノリティかもしれないと気付いた時に自分が当事者でもさしておかしくはないという認識が瞬時に出来たんです。読書体験でいうと.Bloomから出ている本郷地下先生の『世田谷シンクロニシティ』に出会った時に「性的指向と恋愛的指向が別々の場合もあるのか」と考えるきっかけになったり、mimosaから出ているあまさわ蟹先生の『似てない僕らのままで続く』の二人のパートナーではない関係性のままお互いの共同生活を大切に思う姿にはとても励まされました。私の人生において思考の前提を何度も覆してくれたのはBLだったので、『2世と器』を読んで意識が変わる読者さんもきっといらっしゃると思います。

 

戸ヶ谷 読者さんにとって何かのきっかけになれば嬉しいです。『2世と器』を読んで「Aロマってこういう人なんだ」とイメージが固定されるのではなく、異性愛者の人にも色んな思考や生き方を選択する人がいるように、Aロマの人にも本当に色んなグラデーションがあることを知って欲しいです。

 

ゆだね 商業BLの業界全体から見た時に『2世と器』がAロマを取り上げた一作目かもしれないと感じたことはありましたか?

 

戸ヶ谷 今までも恋愛をしない関係性は描かれていましたが、Aロマだと明言して描かれたことはなかったかもしれないと思います。

 

ゆだね 『2世と器』は戸ヶ谷さんの今後に繋がる一作でもありますよね。

 

戸ヶ谷 うんうんうん、そうですね!

 

ゆだね 商業BLを好きな方は特に「作家買い」をする読者さんが多いと思います。そういう方は戸ヶ谷さんの前作を読んでアップデートされた知識が思考の前提にあると思うので、次作の連載時には自然と一緒に次のフェーズに進んでくれそうですね。

 

表現の影響力について考える

ゆだね 「社会はマイノリティを救わないけれど、マイノリティ同士の連帯やケアで救われた」という表現を私は結構危ういと考えています。BLを含め、クィアを描くのであれば現実的にどういう問題や差別があるのかをきちんと知って欲しいですし、表現方法についても考えて欲しい部分があります。

 

戸ヶ谷 「フィクションだから/表現だからいいじゃん」というのはかなり無責任だと思っているので、実際に生きているマイノリティを描くのであれば当事者に与える影響の大きさを考えないといけないと本当に思います。自分も「Aロマという言葉を知らなかったので、作品きっかけで調べました」というお声を読者さんに頂いてから、人に影響を与えるということの大きさを実感しました。


ゆだね 私も今回の文フリでこの本以外にも一冊、友人の作る本に寄稿させていただいていて、その草稿を少しの間だけポストしたんです。そうしたらすごくしっかり読んで感想を下さった方がいて、世に出すということは多かれ少なかれ誰かに影響を与えるんだと改めて痛感しました。私自身、創作物において多少疎外感を感じながら生きてきたので、それを再生産することは私の望むことではないと思い、色々書き直しました。


戸ヶ谷 あとは何かしらのSNSをされている方、されていなくてもですが、もう少し言葉による影響力を考えて欲しいと思っています。SNSは匿名性が高いので、人を傷つける言葉でも簡単に言えちゃうじゃないですか。言葉の攻撃性や、どれだけ人を苦しめるものなのか自覚しないといけないと思いますし「そんなの何も言えなくなるじゃん」と感じる人は、もう一回自分の使う言葉をちゃんと考えて欲しいです。


ゆだね 喋れなくなることは多分ないですよね。逆に言葉の重みに気付いた時が変わるタイミングだと、私は自分に対して感じることが多いです。

 

BLのAロマ表象を増やすために読者が出来ることとは
戸ヶ谷 個人単位で言ったら「編集部に手紙を送る」あとはX( 旧Twitter) や、その他SNSで感想を投稿して下さるとかなりいいと思います。


ゆだね 最近は編集部主導のタグ付けキャンペーンも流行っていますよね。タグ付けされた全部のポストを見ているってすごい!


戸ヶ谷 需要が目に見えて、かつAロマの認知も進みますし、いつか「特殊なことを描いている」と思われなくなって欲しいです。


ゆだね 認知が高まると描写も広がりを見せるはず。私はいつかAロマのアンブレラタームの中にある人の話もBLで読みたいです。


戸ヶ谷 BLという男性同士の強い関係性が展開されるジャンルで、恋愛的指向の一つであるAロマが描かれることはとてもナチュラルだと思います。いつかデミロマンティック/デミセクシャルの人の話も読みたいですね。

 

今後について
戸ヶ谷 私は尊重と愛がずっと好きなので、それを描いていきたいです。今作でも分かり合えないこと、お互い愛し合っていても同じ人間ではないことは描いているので、そちらも引き続き描いていきたいと思っています。あとはバディもの!


ゆだね 私は今後、読者として商業BLというジャンルで求めることが出来るものがより一層広がって欲しいです。


戸ヶ谷 「BL」という言葉が指すもの自体が広がって欲しいとずっと思っています。


ゆだね BLが進化する時は「BL」という言葉が持つ意味合いも同時に進化して欲しいですね。その点、onBLUEはレーベルをあげて尽力されているイメージがあります。


戸ヶ谷 onBLUEの他とは違うところであり、好きなところです。色んな味のするBL作品があるので嬉しいです。 


ゆだね 戸ヶ谷さんは特に色んな味のする作品を描く作家さんだと思います。


戸ヶ谷 私もそうだと思います( 笑)


ゆだね たまに変わった味の作品を描くのではなく、断固としてそれを描き続ける人がいていいと思うんです。もう一種、BLの中の新たな市場を生み出せる気がします。


戸ヶ谷 この先もずっとやっていきたいです。


ゆだね この対談を読んで戸ヶ谷さんの作品が気になった方は、是非『CUREBLOOD』と『2世と器』を手に取ってみて下さい!

 

戸ヶ谷 はい、是非よろしくお願いします。

 

『CUREBLOOD』第1話 / CURE BLOOD - 戸ヶ谷新 | FEEL web|マンガの数だけ愛がある

『2世と器』第1話 / 2世と器 - 戸ヶ谷新 | FEEL web|マンガの数だけ愛がある

 

戸ヶ谷さんへの対談、作品の感想はこちらまで。〒162― 0822

東京都新宿区下宮比町2― 1第一勧銀稲垣ビル7階 ( 株 ) シュークリーム onBLUE編集部 戸ヶ谷 新先生宛